自己開示

【自分革命】中学2年生のとある日に、僕の不満は爆発した。

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題名にもあるように【自分革命?】という言葉に「どういうこと?」と思った人もいると思います。

そして、なぜ「?」をつけているのかは、先を読み進めていけばわかります。

 

 

さて、これは僕が中学2年生の時の話です…

2年生の時のクラスは1年生の時に比べ、とても楽しかった記憶です。

しかし、どんなに良いといっても明るい部分の裏には闇が潜むのが子供社会の残酷さ。

そういう子供社会が故に、中2の夏に【自分革命】は起こったんですよ。

 

当時の僕のクラスは月に一度席替えがあって、

それにより、隣に座る人や給食を食べる班を決めたり、グループ活動の班を決めたりしてました。

そこで、どうやって決めるのか?というと

班長というものを立候補制で決め、その班長になった人が月の終わりに集まって

担任の先生と決めるものでした。中2の時はですけど…

班長とかしたことなかったし、やってみよう!と思ったわけです。

しかし

班長になってみようと思ったがゆえに、明るい部分の裏には闇が潜むの子供社会の残酷さを目の当たりにするはめになりました。

 

そんで!

その集まりに参加した時に

僕は、班員の決め方にとても嫌悪感を抱く事態になりました。

まあ~

そのやり方はまさに、独断の決めつけによる偏見のオンパレード

的な感じでしたWWW

 

ある人は…A君は頭が悪いから、頭の良いB君と隣にするべき…

ある人は…C君はD君と仲が悪いから仲の良いE君と同じ班にするべき…

ある人は…私はAさんと一緒の班になりたいからAさんがいい…

ある人は…F君は勉強できんけ、私と隣にした方がいいよね…

etc…

みたいな感じだったと思います。

 

「え?普通じゃない?」

これ読んで、こう思った人もいると思います。

でもまあ~そう思うなら仕方がないことですが…

 

しかし、中2の時の僕は、この現状を普通と思えなかった。

 

どうして、客観的に相手の気持ちを考えて発言できないのか?

お前、それ本人が目の前にいたら絶対言わないよな?

お前さあ~どうして表面的なことだけしかみれないの?勉強ができないの事実かもしれんが、陰ながら努力してるかもしんないじゃん?

みたいなこと思っていました。

 

別に仲の良い友達が何かを言われていたわけでもない、どちらかと言えば仲良くないような女子とかそういう人が多かった。

けれど、僕はこの状況を普通だとは思わなかった。たぶん…当時の周りから見たら、ほんとうに変な人、もしくは変わってる人と思われていたかもしれない。まあそれは別にどうでもいいことであり、ほんとのことなんて当の本人しか知らないからww

 

少し脱線したので話を戻すと…

あまり、覚えてはいないがこのような感じのやり取りであったはずです。

僕はとてつもない嫌悪感から終始何も発言しなかった。何より、先生が何も言わないことにも不満を抱いていました。

どうして勝手に決めつけるのか?そして、本人がいない場で間接的に言い合うこの場をおかしいと思わないのか?って普通なら思うと思うんですよ。そうじゃないですか??

 

そして、何よりこういうやり方をしていると順位というものが自然とつくわけで

いわゆる人気の無い人とか、そういう人は最後まで余る現象が起きるわけです。

残酷ですよね…

機械が選ぶわけではなく、人が選んでるわけだから強制的に順位がつくのは当然ではありますが

そうはいっても流石にむなしいよね?って話です。

また、その人気の無い人、または嫌いな人を自分の班に入れないように他に擦り付け合う。

こんな現象も起きるわけです。WAO It’s a アメイジング!!

当の本人は擦り付け合われていることを知るよしもないが、そこではそれが起きている。実に恐ろしいことです。

 

で!

僕は地獄のトークタイムを終え、家に帰宅しました。

 

しかし、その日はどうもやりきれない気持ちで一杯でした。

中学の集団社会はこのようなことはどこでも起こり得ていてもおかしくないことなのに…

そして、夕食時にその日の出来事を母に話しました。

そうするとですね、なぜだかわからないが自然と涙が出てきました。

 

つまり、僕は泣いていたんです…

 

他人に対して同情し涙を流すのは、この時がはじめての経験でした。

たぶん、いつもの僕なら何も言わずに心の中に閉じ込めていつの間にか気にもしなくなっていただろうに…

話をした後、母はそのことを先生に伝えるべきと言って、学校にいる仲のいい先生に電話をしてくれました。

そしたら、その先生が担任の先生に言ってくれて、翌日みんなの前で話すことになったんですよ。

ちょうど給食時間の前ぐらいにその時間は設けられ

僕はみんなの前で話すことになりました。

いざ、みんなの前に出て、教卓から話をするのはすげー緊張した記憶です。

けれども、思いの丈を話すやいなや、僕はまたまた号泣していました。

悲しくて泣いているのではなく、今度は気持ちが楽になったから泣いていました。

体の毒が抜け出ていくよう。

そうすると、仲の良い友達や複数のクラスメイトも泣いていました。

そん時、僕は言って良かったと思いました。

そうして話し終わり、先生が今度は話をしました。

この時のクラスの雰囲気は団結しているような良い雰囲気だったと思います。

しばらくの間は、みんなの意識も変わり積極的に助け合うような関係性でした。

でも、それも一時的なものであり長くは続きませんでした。

時間が経てば意識も薄れ元に戻っていく。それを実感した時には、病んだ記憶があります。

前と同じように誰かを意味嫌い仲間はずれにし、陰で悪口をいいグループで固まり自分の居場所を確保する。

こういう風に戻ってしまい「人権学習って何だろう?」「私が前で話した意味あった?」と様々な闇を抱えていた記憶です。

いや~今思い返すと、僕ってかなりダルイやつですよね~~\( ‘ω’)/

 

けれども、こうした行動は決して無駄ではなかったとは思います。

 

その人の個人に根付いている性格や人格はそう簡単には変わらないし

ブームやトレンドのように一時的に火がついて人気になることはあっても、いつかは衰退し変わっていくものであり、僕が皆に訴えた【自分革命】も似たようなものだと思っています。

まあ今振り返ると

小学校までの僕なら自分に負けていただろうなと今ならそう思います。

自分で押し殺していただろう問題に真正面から向き合い行動に移した。それだけでも、その小さな一歩は僕を人として、一段成長させるキッカケにもなったと思っています。

しかし、その後は実際に起きた一時的なトレンドの現実を知り、あまり他人に対して深入りするのはやめようというマイナスな気持ちになっていっていました。

そしてあまり人の対して、そこまで深入りしないように中学校生活を終えました。

 

結果的に良くも悪くもあるため、「自分革命?」と定義しています。

 

ABOUT ME
いちま
・ブログのコンセプトは「人の人生に影響を与える」 ・大学生ブロガー/二級建築士 →当ブログでは、自分がこれまでに経験してきたリアルな実体験を元に記事を書いています。